夫婦会議

「お母さんと呼ばないで」夫婦で親の呼ばせ方について話してみた

お母さんと呼ばないで

ママーママー、おかーさん、おかーさーーーん!

「もう、うるさーい!」って思う時ありませんか?

お母さんと呼ばないで

「お母さん!」「お母さん!」「お母さん!」

お母さんって呼ばれるのたまにしんどい件について、夫婦で話してみました。

「お母さんと呼ばないで」夫婦で親の呼ばせ方について話してみた

早速なんだけど、子供に名前で読んでもらうのってどう思う?
最初に思い出すのはポニョだよね。
ポニョの主人公の男の子、そうすけくんが、お母さんを下の名前で呼んでて、あれはどうなんだ?っていうプチ炎上が起こったよね
クレヨンしんちゃんもかな?みさえーってね。
あれの方が社会問題だったね。社会問題というか社会現象。
まず子供に下の名前で呼ばれたいと思ってるわけですか?
そうそう。
「お母さん!お母さん!お母さん!」って呼ばれると、なんか疲れるんだよね。
もうお母さんじゃなくて、名前で呼んでもらった方が、友達同士みたいに子供と過ごせるんじゃないかなって思ったんだけど
その【疲れる気がする】ところを、もう少し掘り下げると、読んでくれている人に伝わりやすいと思う。
「お母さん」って呼ばれると、なんかこう「がんばらなきゃの脅迫」されてるみたいな?
頑張んなきゃいけない、いいお母さんじゃなきゃいけない、みたいなのが頭にあってたまに辛くなるんだよね。
多分それって、自分で【理想のお母さん像を作ってるから】なんだろうと、今話しててそう思うね
お母さんってこうあるべきとか、お母さんだからとか、多分そういうの、すごい自分で作っちゃってて、だからお母さんって呼ばれるだけで、なんか疲れるようになってしまっていたのかもしれない。
理想のお母さんじゃない自分をいつもダメ出ししていた感じなのかも。
自分で作っちゃってるって言ってたけど、多分そういうことだと思うんだよね。
っていうのは「お母さん」と呼ばれて、全然疲れない人も一定数いるわけだよね。

その人は、お母さんっていう、まぁ役割の名前で呼ばれてはいるけど、それは疲れる役割じゃないからどれだけ呼ばれても何も感じない

お母さんの役割
こないだ話した、YouTube の面白かった対談動画、非常に賢い主婦の方二人が、あるチャンネルの中でシリーズ番組を持ってて、子育て主婦として対談していたんだけど、そのうちの一人がね、男性は会社で部長って呼ばれて、重たいとか嫌だなとか感じないでしょう?って。

女性がお母さんって呼ばれるのも、それって役割で呼ばれてるだけだから、課長部長と呼ばれてるのと何も変わらなくてその意味では、◯◯くんのお母さんていうのは、なんの重しでもない。

何かを縛るものではないんだけど、そのお母さんっていう役割に押し付けられた社会的な何かに引っかかりを感じて、◯◯くんお母さんと呼ばれるのが嫌っていう意見そうなんじゃないかって言ってて

ほほう
だからお母さんと呼ばれること自体には多分ミラ子さんも、本当はそうじゃなくて、その役割に何かを感じているって事だと思うんだよね
うんうん
例えば、今すごい極端な話を思いついたけど、子連れの女性と再婚した男性が、その連れ子に「お父さん」と呼ばれて、お父さんとしての役割をすごく期待されている。
これに答えなきゃいけないと思ったら、それは重そうだよね
でも、「お父さん」っていう風に呼ばれて、嫌な人って少数だから、役割に対する思いというものを分解していくと、別に呼ばれるのが嫌じゃなくなるって事もある

「お母さん」として、何を負担に感じているのか

どんな役割が期待されている気がする?
「お母さん」って呼ばれたら、

すぐに駆けつけなきゃいけない。
いつも笑顔で、子供に優しく接しなければいけない。
子供の理不尽な発言にも我慢して、対応しなければいけない。

みたいなかんじかな。

前はもっと自分を縛ってた気がする。自分が、あんなお母さんが良かったとか、こんなお母さんだったらとか、そうゆうのが強かったんだろうと思う

それはミラ子さんの子供に対してってこと?
「自分が子供だったらこんなお母さんがよかったな」だね
すぐに駆けつけてくれて、接し方がニコニコしてて、理不尽な事言ってもいいよって言ってくれる、みたいな?
理想は、よく遊んでくれたり、クッキー作りたいって言ったら一緒に作ってくれたり
それ普通に楽しそうだよね
子育ては自分がしてほしかったことを子供にしてあげたいって思うのは、自然なことなんじゃないかなってそう思うんだけど、ただそこに縛られすぎると、ものすごく苦しいよね
間違いないね
子供が成長するにつれ、自分自分を「理想のお母さん像」から随分解放してあげられたんだけどね、子供のことばっかりじゃなくて、自分の生き方なんかもすごく考えるよね最近は。
子供が小さいうちは、もう子供の事だけしか考えてなかった。考えれなかったよね。でもそれでよかったと思うけど
多分そういう時期が短かったり、長かったりはするけど、誰にでもあるだろうし、子供からしたら少しはそういう時期がないと、すごく心が苦しいことになりそう。お母さんの大変さは置いといてね

実際に、子供に名前で呼んでもらうことを試してみた

試してみたんだよね。実際に。子供に「名前で呼んでみて♡」って
試してみたら、まだなんかすごいまだ違和感があってね。
だからその場だけで終わったんだけど、大きくなった時に、子供自身が、私の事を名前で読み呼び始めることがあるかもしれないよね。むしろそれが早い方がいいなって思うんだけど。自然な流れで。

「お母さん」じゃなくて、名前で呼ばれることで、一人の人間と一人の人間、みたいな感じになる気がする。自然に移行できるのが私は理想かなって今思ってる。

自分の母親を下の名前で呼ぶのを想像すると、僕なんかはすごく恥ずかしさがある。
一人の人間として見てる見てないとかじゃない問題もある気がする。何なのかはよくわかんないんだけど
どうだろうね。
今、実際私は母親のことを、◯◯さんって呼んでるんだよね。
弟は◯◯ちゃんってちゃん付けしてる。笑

できれば、やっぱり私もお母さんって呼ばれるの早く卒業したいなって思う。

自分が死ぬまでずっとお母さんでいなきゃいけないのかな?
母さん卒業デーとかないわけ?

お母さんって、いつまで「お母さん」しなくちゃいけないの?

いつまでお母さんしなきゃいけないのと思う?
それはお母さんの役割をどう捉えるかによると思うけど、思いつく順番に言ってみると、まあ、生物的な血の繋がりは消えないよね。
その意味ではまあ生き物としての母は死ぬまでだよね
それと、逆にご飯を作ってあげるって言うお母さんの役割は、相手が高校生ぐらいになったらあまり入らなくなるよね。
そういうことは早ければ高校生ぐらいから呼び名はお母さんじゃなくなるそれも自然ということかな。
その頃になると逆にお母さんって呼ばれるのが、すごく貴重かもね。

むしろ子供に、おい!とか、ねえ!とか、くそばばあ!とか、入れるようになったらお母さんって呼ばれていた時期に涙をする日が来るかもしれないよ

ないものねだりっていうこともあるのかな
今お母さんって呼ばれてるこの時代がすごくありがたいのかもしれないよね
泣ける感じでまとまったね
今日はこんなかんじで

以上、夫婦トーク終わり。

まとめ

理想のお母さん
テーマは「お母さんと呼ばないで」夫婦で親の呼ばせ方のまとめです。

しんどい時は「お母さん」をやめたくなったり、呼ばれるのも嫌になったりすることもある。

でも、

「お母さん」は、「ただの役割名」であって、「理想のお母さん像の押し付け」ではない
「お母さん」って呼んでもらえるのも、実はあと少しなのかも

そう思うと、ちょっと気持ちが楽になった気がします。

子供たち、もっとお母さんって呼んでー

読んで頂きありがとうございました。

 

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